犯罪をたくらむ人物がまとう、独自の“オーラ”を検知するシステムが日本に上陸した。監視カメラで撮影した映像を基に不審者を素早く特定し、テロや犯罪を未然に防ぐ。東京五輪まであと4年。ソフトとハードの両面で、監視カメラが急速に進化している。

 カメラ越しに人の精神状態を分析し、犯罪を起こす可能性の高い不審者を自動的にあぶりだす──。

 こんな近未来の防犯システムが日本に上陸した。開発したのは、ロシア政府の研究機関を母体とするELSYS(エルシス)。監視カメラなどで撮影した人物の精神状態を「可視化」し、不審者を自動で検知する画像解析システム「DEFENDER-X」だ。

 2000年にロシア、2001年に米国で技術の特許を取得した後、機能を改良。現在はロシアの空港に加え、韓国の仁川空港などでも稼働している。

 2014年のソチ五輪では、入場ゲートや各競技施設に131セット(1セットにつきカメラ2台と1つの解析ソフト)のDEFENDER-Xが設置された。大会期間中の総来場者数は270万人。そのうち1日5~15人を「不審者」として検知した。該当者を事情聴取した結果、9割が薬物・酒などの禁止物の持ち込みやチケットを持たず不正入場を試みる客だったという。

 2020年の東京五輪を控え、日本でもセキュリティー対策として監視カメラシステムへの関心が年々高まっている。DEFENDER-Xのような画像解析システムに加え、キヤノンやパナソニックなどの大手メーカーも相次ぎ高性能なネットワークカメラを製品化。各社、最先端技術の開発を急いでいる。

振動の回数と振れ幅を検知

 「10万人以上の実験データを基に、攻撃性やストレスの有無など精神状態を判断できる」。DEFENDER-Xの日本総販売元、ELSYSジャパン(東京都品川区)の山内秀敏代表はこう話す。

 DEFENDER-Xの構成はシンプルだ。汎用の監視カメラ2台に、ある程度の処理能力を持つパソコンがあればよい。独自のソフトウエアを使って、録画した映像を分析。映っている人の精神状態を自動的に判断し、危険を察知する。

 では、どのように人の精神状態を可視化するのか。鍵となるのが、表情の「振動」を検出する「VibraImage」と呼ばれる画像処理技術だ。

 動画は通常、毎秒30枚程度の画像から構成される。DEFENDER-Xでは画像1枚ごとに、撮影対象者の顔の皮膚や眼球、口元、まぶたなどがどれだけ動いたのかを検出。それぞれの振れ幅や振れる周期を基に、顔を「攻撃的」「緊張」などの50パターンに色分けする。各部位の色を分析し、精神状態を総合的に判断する。

 下の図を見てほしい。まず、撮影動画①を基に顔の各パーツの振動データを検出②。目の周辺は「攻撃的」を意味する赤、口元は平静を意味する「緑」などに色付けする。この組み合わせがどんな精神状態を示すのか、10万人以上の実験で得たデータを基に分類したのが③の絵だ。

最新監視カメラ、進化のポイント
最新監視カメラ、進化のポイント
(写真=Getty Images)
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 空港の職員や警備担当者が判断しやすいように、撮影対象者の精神状態は顔の周りに色付きの線で示す。DEFENDER-Xではこの線を「オーラ」と名付けている。③の絵では、赤いオーラをまとった男性は「攻撃性が高まった状態」にあることを意味する。

 オーラの大きさや色の濃さなどで、犯罪行為に発展する危険度を数値化。あらかじめ設定した値以上の危険度を示した人物を検知すると、システムが警告を発する。警備員などが該当者に声をかけたりボディーチェックをしたりすることで、犯罪の発生を未然に防止できるわけだ。

 2~6秒程度の動画を解析すれば、映っている人物の精神状態を判断できるという。警備の現場でリアルタイムに不審者を検知するのはもちろん、事前に録画した映像や「YouTube」などネット上の動画データを分析することも可能。素早い容疑者逮捕につながりそうだ。

 DEFENDER-Xの価格はカメラ2台と解析ソフトの組み合わせで、250万円から。日本でも警察機関が同技術に注目し、既に試験的に運用を始めているようだ。国内の大手警備会社も自社の警備システムとDEFENDER-Xを連携させ、新たな不審者検知システムの製品化を急いでいる。

 進化しているのはソフトウエアだけではない。解析の基となる画像が鮮明であるほど、多くの情報が読み解けるようになる。監視カメラ自体の機能向上も急務だ。

 ここに商機を見いだしたのが、カメラ世界最大手のキヤノンだ。同社は4月上旬からネットワークカメラ「VB-M50B」の販売を始める。最大の特徴は、夜間でも鮮明なカラー映像を撮影できる点だ。デジタル一眼で培った光学技術を応用し、遠方からズーム撮影する場合でも画像が暗くならないよう工夫した。月明かり程度の環境でも100m先の被写体をカラーで鮮明に撮影できるという。

 キヤノンによると、人間の目では見えない夜間の不審者も、カメラを通じて検知できる。港湾の設備管理や河川の防災など、様々な用途向けに売り込んでいく考えだ。

ネットワークカメラが成長の主役に
●監視カメラの世界市場の推移
ネットワークカメラが成長の主役に<br/ >●監視カメラの世界市場の推移
出所:矢野経済研究所
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 矢野経済研究所によると、監視カメラの市場は今後右肩上がりで伸びていく。なかでも、通信機能を備えたネットワークカメラは前年比2ケタ増の成長率で伸びることが期待されている。出荷台数は2017年にアナログカメラを抜き、2018年には2600万台程度に拡大する見通しだ。「これからは単体製品ではなく、ソフトと監視カメラを組み合わせたシステム販売が主流になっていく」(矢野経済研究所)。

 ネットワークカメラの市場が拡大する一方、新たな懸念も生じてきた。データ量の増加だ。通信回線の逼迫や、蓄積容量の増大に伴う管理コストの増大が指摘されている。

カメラの頭脳で人の顔を検出

 そこでパナソニックが提案しているのが、「インテリジェント映像監視システム」だ。セキュリティシステム事業部の寺内宏之・主幹は、「撮影対象を検知できる機能を監視カメラ自体に搭載していく」と語る。

 開発したのは、カメラ本体のみで顔の照合ができる「顔ベストショット技術」。従来の監視カメラでは、撮影した全画像をサーバーに送信し、分析していた。データが膨大になるため、画像を圧縮し送信するケースも多かった。

 顔ベストショット技術では、人物の顔をカメラが自動で検出し、画像の解析に必要な部分(ベストショット画像)のみを切り出しサーバーに送信する。画像の圧縮も不要で、高精細かつ認識性能の高い画像をサーバー側へ伝送できる。ネットワークの伝送負荷は従来の10分の1に削減できるという。既に特許出願済みで、2014年から販売を開始した。

 道路などに設置すれば、通過するクルマのナンバープレート画像だけを自動で検知しサーバーに送信することもできそうだ。盗難車や逃走車のナンバープレートを効率的に照合でき、画像データの蓄積容量も少量で済む。

 街頭や商業施設、オフィスビル、工場など、周りを見渡すと至るところに監視カメラが設置されている。プライバシー侵害の懸念はあるが、ある程度は安全を優先すべきなのは間違いない。東京五輪まで残り4年。監視カメラシステムの進化は、ソフトとハードの両面で加速する。

(日経ビジネス2016年4月4日号より転載)

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